甲田四郎詩集『くらやみ坂』抄
『くらやみ坂』目次

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 気がつけばみんな死因は病気だった。シラサワもヌカザワもマエヤマも
コイカワも幸いなことに殺人被害者でも餓死でも事故死でもない。貧乏人
ばかりで自分では中流だと思っていて誰も金持ちにはならず一段と貧乏人
にもならずに死んだ。だけど生きている者は変わる。ヨコテやオオタキが
憲法変えろなぞ言い出したと知ったらどんな顔をするだろう、それが多数
派だと知ったら。けれども死んでいる者は死んでいる。

 朝小雨、私はうすら寒くて電気を点ける。二階の窓を開ければ、そこか
ら小便をして通行人に怒鳴りこまれた幼い子が遠く色鮮やかにある。広場
の縁石には傘をさして座っている白髪のじいさんがいる。毎日来て朝から
夕がたまで座っている雨でも来るのだ。女房が鏡に向かってペたペたペた
ペた額と頬と顎を叩いて、ヨーシと言って立ち上がりヤマガタタエコとい
う固有の名前を引っさげて出ていく。私もヨーシと言って、進みたがらな
い足をなだめて運ぶ、階段を上がろうとして踏み外す。弁慶の泣き所をさ
すりさすり私は出る、出るとき死んでいる人間に背中を押された、そんな
気がする。