甲田四郎詩集『くらやみ坂』抄
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ギゴ



買いものさっさと行きなと思う
人が見るからと言ったって
晩めしのおかず買うだけではないか
座り込んで鏡見て頭いじったり顔いじったり
見たって誰も何とも思わないとは言わないが
いちにち何回お化粧するんだとは思う
戦後物がなかった頃を思い出す
年上の女の人が何かといえばザブザプ顔を洗った
どうしてそんなに洗うの?
一日何回洗うの? と聞いた
思えば子供は汗やら何やら
洗い流さずにはいられないものはなかった
顔を洗って隠すものもなかったし
化粧品がないから
顔を洗うのだとも知らなかった

大人になったら
手はいち日夜昼何回も洗う生活で
食べものを扱うときは手を洗ってくれと言ったら
いち日何回手を洗えばいいんだ?
昔の男は憮然として言った
田舎の言葉で強情なのをギゴと言う
ギゴである

マクベスの女房は血が落ちないと手を洗う
落ちないねえと言いながら手を揉み洗う
けれど見えない血は落ちない
そんな話は関係なくて私がいなければ手を洗わない
顔を洗うことがあっただろうか昔の男