甲田四郎詩集『送信』抄
『送信』目次

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鏡の前で寝ている客の後や横を
すっかり老けた女房がサンダルを引きずって回る音がする
もっと老けた亭主がもっとべったり引きずって回る音がする
「頑張った人にはそれなりの幸せがいつかきっと扉を開く」*
音である
今夜は十五夜 ほんのり甘い月見だんご
店先にススキとだんご出して売る
人が通る度女房がいらっしやいませいらっしやいませ
それを聞きながら私が先にサケ弁を開く
高校の昼休み
私が弁当を開くと玉子やき(じっは妙り豆腐)で
その時「鉛の兵隊の行進」という音楽で伝達事項の放送が始まった*
まいにち玉子やき(じつは妙り豆腐)で「鉛の兵隊の行進」で
しまいに玉子やき(じつは妙り豆腐)を見ただけで「鉛の兵隊の行進」
 が耳に鳴った
その条件反射が二〇年続いたのを思い出す
まいにち四つ弁当を作っていた
母が引きずる草履の音も聞こえた


*さだまさし作詞作曲「下宿屋のシンデレラ」
*ガプリエル・ピエルネ作曲「鉛の兵隊の行進」