甲田四郎詩集『送信』抄
『送信』目次


栗の木




治療は長引くというのと合意しはしたが
歯医者九カ月通ってまだ終わらない
椅子け飛ばして帰りたい
「舌を上の歯の裏につけてください」
短いのを無理に左右に背伸びして
窓のすぐ外
しきりに電車が往復する複々線の
向こうの線路際の大きな栗の木を眺める
電車が来ると躍り上がって
十輌連結が通る間
右に左に上に下に躍り続ける
火にかけられるとややあって
貝殻にくっついた身を大きく右へ伸ばし左に躍らせて
息絶える
アワビの踊り食いを思い出す私の目の
間近を地響き立てて十五輌連結がさえぎる
電車が過ぎた後の栗の木は一際揺れて
静かになるが
じきにまた躍り上がる
躍り上がり続け躍り上がらせ続けるのは
誰の合意によるものであるか
栗の木を眺める私の目を
じつにしばしば電車がさえぎるのは
誰の合意によるものであるか
眺めればさえぎられる
さえぎられれば見たくなる道理だ
躍り上がる栗の木
梅雨近い空に緑が息づいているが
その下に子どもたちのいない栗の木