甲田四郎詩集『くらやみ坂』抄
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身重の坂



日盛りをピンクのマタニティが下りてくる
片手日傘をさしていちめん汗の照り返し
片手明日はちきれそうなおなかを撫でながら
泣いているような微笑みで
目をはるか虚空へ向けている
七十年前の母のアサの姿だと思う
三十五年前の女房のタエコ
六年前の娘のミホ
明日というものが途切れずに来るなら
二十年後の孫のユリでもあるにちがいない
身重の坂を下りてくる
女が途切れれば二重に途切れる明日があるのは
言うまでもないことだ
私は明日途切れなかった方の子供である

日盛りをピンクのマタニティが下りてくる
かの女は明日生むあかんぼの名を考えている
レン、ソウタ、ヤマト? サクラ、ミサキ、リン?
でも私にひとこと言わしてもらえば
ヤマトは戦艦大和、水漬く屍を学んでいる
サクラは愛国の花を学んでいる
例えば六十八年前
死体累々の南京城頭に日章旗が上がり*
暗い夜の底で提灯行列が揺れたとき
民草の一人があかんぼにカツトシ(勝利)という名をつけた
それで民草でないカツトシ氏は
自分の名の意味は無視しているわけだ

身重の坂を下りてくる