甲田四郎詩集『くらやみ坂』抄
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夏回る



やっと空いた席に座れば
電車は動かない
車内放送が人身事故だとつぶやく
頭を上げて迂回路の
熱砂の光景を望み
頭を垂れて冷房の
電車を下りて階段を上る
目の前を女の素足がペタ、ペタ、ペタ、ベタ
女のサンダルはどうして足より小さいのか
足の両脇がはみ出して地べたについたのが
ペタ、ペタ、ペタ、ベタ
上っていく後をついて上る

下り上り紆余曲折していく頭の群れの
中には宝くじに当たるのもいれば
電車に当たるのもいるので
先頭は鎌首をもたげてチロ
チロ舌を出しているか知らん
広々と明るいコンコースで
放送がまた別の線で人身事故だと言った
隣の男が舌打ちした
私はもうどこにもいなくなった誰かの
舌打ちを聞く
私たちは四方八方跳ね返り駆け巡りこだまする
舌打ちの群れだ
ペタ、ペタ、ペタ、ペタ
上り下り左折し右折し電車に乗って
電車を下りて上り下り左折し右折し