甲田四郎詩集『送信』抄
『送信』目次


約 束



冷たく固くなった母の両手をとって
指と指を折り曲げて組み合わせて
胸の上でおにぎりのように両手で押し包んで合掌させた
手を離すと死者はひとり
母の顔の両脇、脇の下、腹、腰、両腕両足に
ドライアイスを宛てた
しんしんと底冷えのする夜更け
棺の中でガサと音がした
(頼んだよ、約束だよ)
蓋を開けると母の顔が変わっていた
それから夏が来冬が来夏が来冬が来十度目の夏の夜
冷凍庫の扉を開けると
母が白煙の中に立ち上がり
私の手を強く握った、しびれる位
目が覚めても手が冷たくしびれていた
(頼むよ、頼むよ)
言葉が耳に残っていた
それからまた冬が来夏が来冬が来夏が来
女房が集金に来た信用金庫にお金を渡す
信用金庫が冷たいですねこのお金と言う
そうなのよ、冷凍庫にしまっているの
人には言わないでよ
三十六年経てば女房に冷やされた大事なお金は
かすかに果たせなかった約束を思い出させながら
日常の笑いの種になる、ナンセンスの