もと魚屋が出前専門のすし屋になり 父親が握り 出前は娘が軽四輪を運転して出かけていく

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魚  屋


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すずかけ並木の坂を登っていくと
てっぺんにいきついたところ ひなびた店舗があって
もとは魚屋なのだが
すしの出前などを生業にしている
店内は照明もない
営業しているのか休みなのか
わからないような店で
それでもなかに入れば
すし屋にしてはヘンだが
暗い棚に缶詰が並んでいる
カニ缶 鮭缶 鯖缶……

町の中心部は平地にあって
丘のこの辺りはいわば町はずれ
総菜屋床屋金物屋小間物屋ガソリンスタンド
駄菓子屋自転車屋大衆食堂などがあったが
すこし先、丘一帯の森が切り拓かれ畑がつぶされて
町の中心がそちらへ移動するにしたがって
ここいらの店がつぎつぎたたまれ
経営者が同じガソリンスタンドと駄菓子屋も
いよいよ店じまい
わずかに床屋と もと魚屋が残って
床屋はねじり棒のうずまきを垣根越しによろよろ回転させ
魚屋は廂の上にペンキのはげた屋号の看板をかかげ
呼び名は「さかなや」で通っている

すしは父親が握り
出前は娘が軽四輪を運転して出かけていく
父親がたいそう若いときにつくった娘で
知らないひとが見れば夫婦とおもうかもしれない
そこそこの美形なのに娘に亭主はいない

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やがて丘のてっぺんの魚屋が消えて