キクコさん 1/2

 次頁

キクコさん


「魚にも、遊んでるのがいる」
 と、額の禿げあがった男がいった。
 カウンターに彼と並んでいる二十二、三の男は焼鳥を頬張
ったなりのふくれた顔を向けた。何を言っているのかと怪し
んでいる。
 年のいっているはうは、この呑み屋と同じ商店街にある床
屋の主人である。自称、食通である。
「魚に仕事があるわけじゃないから」
 口の中のものを噛みながら若い男は逆らうでもなくいった。
彼は電気工事の会社に勤め、商店街からはちょっと離れた寮
に住んでいる。夜おそくやってきて、これから仕事だと、さ
っと一杯ひっかけて出ていくこともある。
「いや、つまり生殖の話だよ」大きな目をむいてことさらま
じめくさった調子で床屋はいった。「生殖が魚の仕事だとす
れば、仕事のしすぎという意味だ」
 まわりくどい言いまわしがかえって話の中身を陰湿にして
いる。
「誰かさんと同じプレイボーイ……」
 床屋は若い男のはうへ流し目をくれて二ヤリと笑った。
 若い男はそれとなく抗う表情をした。だが、自分もモテな
いことはないのだというふうな寛大さがにじむ。ビールをひ
とくち呑むと、
「魚が、女遊びするのかい」わざとぶっきらぼうにいう。
「そう」床屋は快活な笑顔をつくろう。
 カウンターは七、八人で満杯となり、後ろの畳敷きの三卓
のうち一卓があいているだけで、店は賑やかである。テレビ
がプロ野球を中継していたり有線放送も流れていたりするか
ら騒々しいくらいだ。彼らの話は他に誰も気にとめていない。
 床屋と若い男はたまたま席が隣合せたのである。カウンタ
ーのマスターが、きょうは市場が休みで商売にならないとぼ
やいたことから、こんな話になっていった。
「遊んでいるやつの白子は、唄えばわかる」
「もともと旨いもんじゃないからな」
 機嫌がわるいと皮肉屋になるマスターが口をはさんだ。
「そうだ」と床屋は相槌をうつ。「栄養もないしなL
 若い男に対するよりはずっと横柄な口のききかたをする。
声が大きくなった。
「だけどな、マダラの白子はキクコつって、味噌汁にすると
いいんだ」