魚 屋

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二階建ての瀟洒なマンションが建つ
魚屋周辺のちんまりとした森が
根こそぎどこかへ持ち去られ
魚屋があったあたりは駐車場になっている
できあがってから一年ほどして
十四ある部屋のうち 二部屋に借り手がつく

丘の上だから どの部屋も
さぞかし眺めがいいだろう
とかんがえるのは早計で 近くにまだ竹林だの
神社の森だのがあって
ほしいままの眺望というわけにはいかない
田んぼや もっと向こうの丘が
四季折々の風情をふるまおうとも
これらをじゅうぶん満喫できるとはいいがたい
この地は広大な平野の一角であり
木々 竹林に覆われた丘に登るよりも
田んぼのあぜ道にでも突っ立ったほうが
見通しはきくくらいだし
空のひろがりについても同じことがいえる

マンションの三つ目の部屋を埋めたのは
もと魚屋の父娘だが
ふたりがこの一年余りどこに住んでいたのか
いまはなにを生業としているのか知るひともいない
…いまかれらは
 照明のないすし屋と同じとりなりで
 薄暗い棚に魚の缶詰などを並べて
 ひっそり暮らしている…
とは かってな想像にすぎないが
カーテンが下がったままの部屋は それぞれが
缶詰であり マンション全体
魚屋の棚がそのまま 明るい場所を得て
おおっぴらになったようなものではないか

KiyoshiNakayama2016.12